研究内容の紹介

物質科学の理論研究

量子多体系強相関電子系の理論研究

 

渡辺研究室では、物質科学の理論研究を行っています。特に、量子ゆらぎ電子間相互作用が本質的な役割を果たす系の性質を解明することに興味をもっており、有機化合物、遷移金属化合物、 希土類化合物、アクチノイド化合物、ヘリウム3、準結晶などの幅広い物質系を研究対象にしています。個々の物質の未解明の物理現象の発現機構を解明していくことを通じて、その背後に存在する普遍的な概念を明らかにすることが研究の目標です。また、新しい物理現象の理論提案を行い、新物質の理論物質設計と物性予測を行う研究にも取り組んでいます。研究の究極の目標は、質的に新しい概念を生み出すことです。 質的に新しい結果を得るためには理論的手法を新たに開発する必要がある場合がありますが、解析的理論の構築や計算物理学的手法の開発など、新しい方法論の開発にも興味をもって取り組んでいます。以下に主な研究テーマを紹介します。

 

· Tb系20面体準結晶と近似結晶における磁性とトポロジー

· 準結晶における結晶場の理論の定式化

· 量子臨界物質b-YbAlB4における超音波応答

· 量子臨界準結晶における発散しないグリュナイゼンパラメーター

· 奇パリティの結晶場における電荷移動効果

·  遍歴電子系の磁気体積効果

·  b-YbAlB4におけるT/Bスケーリングの出現機構

·  重い電子系準結晶の圧力に対してrobustな量子臨界性

·  局所相関の強い遍歴電子系における新しい量子臨界現象

    YbCeの臨界価数ゆらぎのモード結合理論の構築

    新しい量子臨界現象を示す物質探索

·  遍歴電子系におけるメタ磁性の新しい機構

·  2次元量子スピン液体

·  ヘリウム3の4/7固体相における密度ゆらぎの重要性

·  大正準分布経路積分繰り込み群法の開発とモット転移の統一的理解

    負符号問題を克服した新しい計算物理学的手法の開発

·  価数転移の量子臨界点近傍に出現する超伝導とその新奇な性質

·  強磁性超伝導体UGe2の異常物性とその統一的説明


 

Tb20面体準結晶と近似結晶における磁性とトポロジー

準結晶は周期性をもたず、周期結晶では許されない回転対称性をもちます。そのような結晶構造のもとでどのような電子状態が実現し、物性を発現するかは不明な点も多く、その解明は物性物理学のフロンティアです。特に、準結晶において磁気長距離秩序が実現するか否かは、1984年の準結晶の発見以来、これまで未解決の重要な問題でした。これまでの精力的な実験により、1/1近似結晶Cd6R (R=Pr, Nd, Sm, Gd, Tb, Dy, Ho, Eu, Tm)およびAu-SM-R (SM=Si, Al, Ge, Sn; R=Gd, Tb, Dy, Ho)において磁気長距離秩序が観測されています[1-3]。 ごく最近準結晶Au-Ga-R (R=Tb, Gd)において強磁性長距離秩序が実験により発見されました[4]

 

本研究では準結晶Au-SM-Tbならびに近似結晶の結晶場を点電荷モデルにより解析し、結晶場による磁気異方性を明らかにしました[5,6]。さらに磁気異方性の効果を取り入れた有効磁気模型を構築し、数値計算により20面体の基底状態相図を決定しました。その結果、交換相互作用と磁気異方性により、ヘッジホッグ状態、フェリ磁性状態、渦巻き状態などの非共線・非共面磁気構造が実現することを見出しました。この結果は3元化合物Au-SM-TbAuSMの組成比を変化させることで、これらの状態を生成・制御できる可能性を示唆しています。また、20面体の磁気テクスチャーに対してトポロジカル数を定義することで、ヘッジホッグ状態はトポロジカル数n=+1、渦巻き状態はn=+3という大きなトポロジカル数で特長づけられることを見出しました。次に、有効磁気模型を1/1近似結晶に適用した結果、1/1近似結晶Au70Si17Tb13で観測された一様なフェリ磁性秩序[4]、およびAu72Al14Tb14で観測された渦巻き・反渦巻き反強磁性秩序[3]を説明することがわかりました[6]。さらに、渦巻き・反渦巻き反強磁性秩序相において、磁場誘起のメタ磁性転移とトポロジカル相転移が同時に生じ、高磁場側でトポロジカルホール効果が出現することを見出しました[6]。また、有効磁気模型を準結晶に適用した結果、一様なフェリ磁性状態状態が強磁性秩序を形成することがわかりました[6]。さらに、準結晶においてヘッジホッグ状態の一様な長距離秩序を見出しました[5]。これは準結晶におけるトポロジカル磁気秩序の初めての発見です[7]

 

[1] 田村隆治, 鈴木慎太郎, 石川明日香: 固体物理 56(11) (2021) 589.

[2] T. J. Sato et al.: Phys. Rev. B 100 (2019) 054417.

[3] T. Hiroto et al.: J. Phys.: Condens. Matter 32 (2020) 415802. 

[4] R. Tamura et al., J. Am. Chem. Soc. 143(47) (2021) 19938.

[5] S. Watanabe: Sci. Rep. 11 (2021) 17679.

[6] S. Watanabe: Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 118(43) (2021) e2112202118.

[7] 「準結晶における磁気長距離秩序 −20面体と磁気異方性がもたらす多彩な磁性とトポロジー」 渡辺真仁: 日本物理学会誌 77 No.9 (2022) 616.


 

準結晶における結晶場の理論の定式化

準結晶には並進対称性がなく、周期結晶では許されない回転対称性をもちます。周期結晶における希土類系化合物では、4f電子の電子状態に結晶場が重要であることはよく知られています。しかしながら、準結晶には周期性がなく、結晶点群に基づいた従来の結晶場の理論が適用されないことから、これまで結晶場の理論が存在せず、4f電子状態の理解を妨げていました。実験的には、最近Tb, Tm系近似結晶についての実験研究が報告され始めていますが[1-3]、微視的な理論研究が切望されていました。

 

そこで本研究では、準結晶を構成するTsai型クラスターの希土類原子の周りの局所原子配置について、希土類イオンと周りの配位子イオンとの静電相互作用を表す結晶場ハミルトニアンHCEFを点電荷モデルに基づいて等価演算子法により定式化しました[4]。これにより、一般の希土類系準結晶と近似結晶の結晶場ハミルトニアンが全角運動量演算子によって表され、各希土類について微視的な理論解析が可能となりました[5]。この枠組みを量子臨界準結晶Au51Al34Yb15に適用して結晶場の解析を行いました。具体的には、準結晶Au51Al34Yb15Yb3+イオンについて、全角運動量J =7/2としてHCEFを対角化して、結晶場エネルギー準位と固有状態を求めました。Au/Al mixed siteの効果についても、可能なAuAlの原子配置の実現確率についての配位平均をとった計算を行いました。その結果、遮蔽されたAlイオンとAuイオンの価数の比a=ZAl/ZAuが基底状態を特徴づける重要なパラメーターであることを見出しました。a3から減少するにつれて結晶場基底状態の波動関数は、Ybを含む鏡映面に沿った平坦な形から、a=0で実現する擬5回対称軸に垂直な面にほぼ沿った平坦な形へとa=0.8を境に移り変わることがわかりました。今回開発した結晶場の理論を他の希土類系準結晶に適用することで、今後結晶場の解析が進むことが期待されます。

 

[1] S. Jazbec et al.: Phys. Rev. B 93 (2016) 054208.

[2] P. Das et al.: Phys. Rev. B 95 (2017) 054408.

[3] T. Hiroto et al.: J. Phys.: Condens. Matter 32 (2020) 415802. 

[4] S. Watanabe and M. Kawamoto: J. Phys. Soc. Jpn. 90 (2021) 063701.

[5] 「準結晶および近似結晶における結晶場 ―点電荷モデルによる理論の定式化―」渡辺真仁: 固体物理に解説が掲載される予定.


 

量子臨界物質b-YbAlB4における超音波応答

重い電子系金属のb-YbAlB4Yb系初の超伝導物質としてのみならず、常磁性相で非従来型の量子臨界現象を示す物質として注目を集めています [1]。また、低温・弱磁場領域で磁化率が温度Tと磁場Bの比の一つのスケーリング関数で表されるT/Bスケーリングを示すことが観測されています[2]b-YbAlB4の量子臨界性、すなわち低温の磁化率cや電子比熱係数C/T、電気抵抗率rの温度依存性、および磁化率のT/Bスケーリングの振る舞いは、Ybの臨界価数ゆらぎの効果により統一的に説明されることが理論的に示されています[3,4]。最近、b-YbAlB4の姉妹物質a-YbAlB4AlFe1.4%ドープしたa-YbAl1-xFexB4 (x =0.014)において、価数量子臨界点および価数量子臨界性の直接的証拠が実験により観測されました[5]

 

価数量子臨界性の起源は、Ybサイトの4f軌道と5d軌道の間の斥力Ufdであり、最近の理論研究により、Yb4f軌道と5d軌道の寄与により奇パリティの多極子が活性となることなることが見出されました[6]。そこで、本研究ではb-YbAlB4において、Yb5d軌道の寄与を実験で検知する可能性を探るため、超音波応答に着目しました[7]。これまで、非従来型の量子臨界現象を示す重い電子系物質における弾性定数の理論計算は報告されていませんでした。本研究では、b-YbAlB4の結晶構造の対称性を正確に考慮し、Yb4f軌道|ψ4f±>=|J=7/2, Jz=± 5/2>5d軌道|ψ5d±>=a5d|3/2, ±1/2>+b5d|3/2, 3/2>B2p軌道からなる低エネルギーの有効模型を構築しました。この模型に基づいて、軌道間斥力Ufdについての乱雑位相近似(RPA)法を適用して四極子感受率の計算を行ったところ、価数量子臨界点で臨界価数ゆらぎが発散しますが、電気四極子感受率も降温につれて増大を示すことがわかりました。その結果、結晶場第一励起エネルギーの約80 K以下の低温領域で縦波モードのみならず横波モードにもソフトが現れることがわかりました。これはYb5d軌道の寄与によるものであり、このソフト化が観測されれば実験により直接Yb 5d軌道の寄与が確かめられたことになるので、今後の実験が期待されます。

 

[1] S. Nakatsuji et al.: Nat. Phys. 4 (2008) 603.

[2] Y. Matsumoto et al.: Science 331 (2011) 316.

[3] S. Watanabe et al.: Phys. Rev. Lett. 105 (2010) 186403.

[4] S. Watanabe et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 83 (2014) 103708.

[5] K. Kuga et al.: Sci. Adv. 4 (2018) eaao3547.

[6] S. Watanabe et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 88 (2019) 033701.

[7] S. Watanabe: J. Phys. Soc. Jpn. 89 (2020) 073702.

[8] M. Okawa et al.: Phys. Rev. Lett. 104 (2010) 247201.


 

量子臨界準結晶における発散しないグリュナイゼンパラメーター

準結晶Yb15Al34Au51は常圧・零磁場で非従来型の量子臨界現象を示し[1,2]、圧力をP =1.6 GPa印加しても臨界性がそのまま保たれる物質として注目を集めています[1]。最近この物質のグリュナイゼンパラメーターG(T )が観測され、驚くべきことに降温につれて|G(T )|は減少し、最低温T =70 mKで有限値をとることが発見されました[3]。一方、フェルミ液体的振る舞いを示す近似結晶Yb14Al35Au51のグリュナイゼンパラメーターG(T )も観測され、最低温T =70 mKでの絶対値|G|は準結晶の値よりも大きいことが観測されました[3]。これまで、「いかなる量子臨界点でもグリュナイゼンパラメーターが発散する」ことが繰り込み群の理論により提唱されており[4]、この実験事実をいかに理解するかは重要かつ概念的に本質的な問題です。

 

最近、磁気量子臨界点近傍の比熱C (T )、熱膨張係数a(T )、グリュナイゼンパラメーターG(T )の完全な表式をスピンゆらぎのSCR理論に基づいて導出することに成功しました[5,6]。本研究では、(1)この枠組みを基に価数転移の量子臨界点近傍における比熱、熱膨張係数、グリュナイゼンパラメーターを臨界価数ゆらぎのSCR理論により計算する枠組みを構築しました[7](2)次に、近似結晶のYb4f電子とAl3p電子からならる周期アンダーソン模型から出発して、圧力下の価数転移の量子臨界点における価数ゆらぎのSCR方程式を解いて、(1)で構築した枠組みを用いてC (T )a(T )G(T )を計算しました[7]。これにより、磁化率の零磁場極限での臨界性c(T )T -0.5および有限磁場下でのT/Bスケーリング[8]とこれらの物理量を統一的に計算することが可能となりました。近似結晶の単位胞のサイズを無限大にした極限が準結晶なので、この枠組みに基づいて準結晶の性質を議論できます。計算の結果、比熱、熱膨張係数、グリュナイゼンパラメーターは実験をよく説明することがわかりました。解析の結果、準結晶における降温につれて発散しないグリュナイゼンパラメーターG(T )は圧力に対してrobustな量子臨界性の自然な帰結であることがわかりました。また、常圧における準結晶と近似結晶の最低温でのG(T )の大きさの違いは、臨界価数ゆらぎの特徴的温度T0と近藤温度TKの圧力微分の大きさの違いを反映していることがわかりました。

 

[1] K. Deguch et al.: Nature Mat. 11 (2012) 1013.

[2] T. Watanuki et al.: Phys. Rev. B 86 (2012) 094201.

[3] P. Gegenwart: Phil. Mag. 97 (2017) 3415. 

[4] L. Zhu, M. Garst, A. Rosch, and Q. Si: Phys. Rev. Lett. 91 (2003) 066404.

[5] S. Watanabe and K. Miyake: J. Phys. Soc. Jpn. 87 (2018) 034712.

[6] S. Watanabe and K. Miyake: Phys. Rev. B 88 (2019) 033701.

[7] S. Watanabe and K. Miyake: Solid State Commun. 306 (2020) 113774.

[8] S. Watanabe and K. Miyake: J. Phys. Soc. Jpn. 85 (2016) 063703.


 

奇パリティの結晶場における電荷移動効果

多くの物質は空間反転対称性をもち、そこでの結晶場は空間反転に対して偶パリティの性質をもっています。物質の中には局所的に空間反転対称性を破る結晶構造をもつものがあり、そこでは空間反転に対して奇パリティの性質をもつ結晶場が発生します。本研究では、奇パリティの結晶場において電荷が移動することにより生じる新しい現象の開拓を行いました。注目した物質は重い電子系金属のb-YbAlB4で、この物質はYb系初の超伝導物質としてのみならず、常磁性相で非従来型の量子臨界現象を示す物質として注目を集めています[1,2]b-YbAlB4が示す量子臨界性は、Ybの臨界価数ゆらぎの理論により統一的に説明されることが示されています[3,4]。最近、b-YbAlB4の姉妹物質a-YbAlB4AlFe1.4%ドープしたa-YbAl1-xFexB4 (x=0.014)において、価数量子臨界点および価数量子臨界性の直接的証拠が実験により観測されました[5]。価数ゆらぎはYb4f電子とその周りの伝導電子の間での電荷移動のゆらぎであり、価数転移の臨界点では価数ゆらぎは臨界的に発散します。本研究ではb-YbAlB4の強相関電子状態の性質を結晶構造の対称性を精確に考慮して解析しました[7]

 

まず混成描像に基づいて結晶場の解析を行いました。b-YbAlB4ではYb原子の周りにB原子が7角形に配置しているためYb原子位置で局所的に反転対称性が破れているので、奇パリティの結晶場が存在します。混成についての2次摂動計算により、Ybサイトで4f電子の波動関数が5d電子の波動関数と純虚数の係数を通じて混成することを見出しました。これにより、Ybサイトで電気双極子と磁気トロイダル双極子の自由度が活性となることがわかりました。次に、b-YbAlB4についてYb4f軌道と5d軌道、B2p軌道からなる有効模型を構築して、スレーブボゾン平均場理論とRPAを適用して基底状態の性質を調べました。その結果、軌道間斥力がUfd=1.40(pps)のとき[(pps)は最近接B原子間の2p軌道のSlater-Kosterパラメーター]価数量子臨界点が実現し、そこでのYbの価数はYb+2.71であることが同定されました。(pps)が約1eVのオーダーであるとするとこのUfdは現実的な値であり、Ybの価数もb-YbAlB4 [6]a-YbAl1-xFexB4 (x=0.014) [5]で観測されている低温におけるYbの中間価数と整合しています。たいへん興味深いことに、オンサイトの4f-5d電子間の斥力Ufdにより、Ybサイトで4f電子と5d電子の電荷移動のゆらぎの効果が増大し、価数転移の量子臨界点において、価数ゆらぎが発散すると同時に電気双極子ゆらぎと磁気トロイダル双極子ゆらぎも発散的に増大することがわかりました。

 

[1] S. Nakatsuji et al.: Nat. Phys. 4 (2008) 603.

[2] Y. Matsumoto et al.: Science 331 (2011) 316.

[3] S. Watanabe et al.: Phys. Rev. Lett. 105 (2010) 186403.

[4] S. Watanabe et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 83 (2014) 103708.

[5] K. Kuga et al.: Sci. Adv. 4 (2018) eaao3547.

[6] M. Okawa et al.: Phys. Rev. Lett. 104 (2010) 247201.

[7] S. Watanabe et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 88 (2019) 033701.

 


遍歴電子系の磁気体積効果

 

一般に磁気相転移に伴って物質の体積は変化することが知られており、その現象を磁気体積効果とよびます。遍歴電子系における磁気量子臨界点近傍の磁気体積効果の起源について、スピンゆらぎの理論(SCR理論)[1]の考え方に基づいたMoriya-Usamiの理論[2]が先駆的研究として知られています。しかしながら、Moriya-Usami理論の熱膨張係数aと、SCR理論[1]の比熱を温度で積分して得られたエントロピーSから導出した熱膨張係数が一致しない問題が指摘されていました[3]。一方、繰り込み群の理論により、磁気量子臨界点近傍の熱膨張係数aとグリュナイゼンパラメータGの臨界性が報告されており[4]Gは量子臨界点で発散することが指摘されています[4,5]

 

元々のSCR理論[1]では比熱を計算する際、零点スピンゆらぎの寄与が無視され、SCRの停留値条件が正しく考慮されていませんでした[1,6]が、熱膨張係数およびグリュナイゼンパラメータを正しく計算するためには、これらを正確に取り入れる必要があります。Takahashiは、全スピン振幅の保存則を導入したスピンゆらぎの理論を展開し、零点スピンゆらぎとSCRの停留値条件を取り入れた比熱[7]および熱膨張係数[8]の計算を行いました。

 

本研究では、元々のSCR理論の枠組みにおいて、零点スピンゆらぎ、およびSCRの停留値条件を正しく考慮して、比熱、熱膨張係数、およびグリュナイゼンパラメータの定式化を行い、空間次元3次元系および2次元系における、強磁性および反強磁性量子臨界点での完全な表式を導出しました [9,10,11]。具体的には、SCRの停留値条件を正しく考慮したエントロピーから出発して、Maxwellの関係式を用いることにより、熱膨張係数aを導出しました。これは自由エネルギーから導出したaの表式[8]よりも簡潔であり、本枠組みにおいて互いに等価であることを証明しました。これにより比熱と熱膨張係数の間の不一致の問題が解決するとともに、過去の繰り込み群の研究では未報告であった、温度に依存する係数がaGの臨界項に存在することをはじめて明らかにしました。その結果、低温の量子臨界領域から高温のキュリー・ワイス領域にわたる全温度領域のa(T)G(T)が明らかになるとともに、スピンゆらぎの観点からグリュナイゼンパラメータの発散の起源が明らかになりました。

 

[1] T. Moriya, Spin Fluctuations in Itinerant Electron Magnetism (Springer, Berlin, 1985).

[2] T. Moriya and K. Usami, Solid State Commun. 34 (1980) 95.

[3] S. Kambe et al.: J. Phys.: Condens. Matter 9 (1997) 4917.

[4] L. Zhu et al.: Phys. Rev. Lett. 91 (2003) 066404.

[5] M. Garst et al.: Phys. Rev. B 72 (2005) 205129.

[6] A. Ishigaki et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 68 (1999) 3673.

[7] Y. Takahashi: J. Phys.: Condens. Matter 11 (1999) 6439.

[8] Y. Takahashi et al.: J. Phys.: Condens. Matter 18 (2006) 521.

[9] S. Watanabe and K. Miyake: J. Phys. Soc. Jpn. 87 (2018) 034712. 

[10] S. Watanabe and K. Miyake: Phys. Rev. B 88 (2019) 033701.

[11] 「量子臨界現象の新展開    (その2) 量子臨界磁気体積効果」 渡辺真仁, 三宅和正、固体物理, Vol. 55 No.12 (2020) 697.

 


b-YbAlB4におけるT/Bスケーリングの出現機構

重い電子系金属のb-YbAlB4は、非従来型の量子臨界現象を示す物質として注目を集めており[1,2]、低温の磁化率χや電子比熱係数C/T、電気抵抗率ρ、核磁気緩和率(T1T ) -1の振る舞いが、Ybの臨界価数ゆらぎの理論によりよく説明されることが指摘されています[3]。この物質では、磁化率χが温度と磁場の比T/Bの4桁以上にわたって1つのスケーリング関数で表される異常な振る舞いが観測されており[2]、これまで未解決の謎となっていました。

 

そこで本研究では、Ybの価数ゆらぎの量子臨界現象を記述する、拡張周期アンダーソン模型[3]に、b-YbAlB4の異方的c-f混成を取り入れた模型から出発して、磁場下での価数ゆらぎのモード結合方程式を導出して解析を行いました。

この理論的枠組みにより、ハミルトニアンのパラメータを入力することで価数ゆらぎのモード結合方程式の入力パラメータが自動的に定まるようになり、エネルギースケールの階層構造(伝導バンド幅D > 近藤温度TK > 臨界価数ゆらぎの特徴的温度T0 )が正しく記述され、実験のT -B相図と理論相図との定量的比較が可能となりました[4]

その結果、Ybの価数転移の量子臨界点近傍で、臨界価数ゆらぎの特徴的温度T0が測定最低温度と同程度か、それより低い場合には、価数帯磁率および磁化率にT/Bスケーリングの振る舞いが4桁以上にわたって出現することを見出しました[4]

その起源は、f電子の強い局所相関の効果により、実空間で非常に局所的な臨界価数ゆらぎのモードが出現することにあることがわかりました。

 

この機構によれば、f準位の混成バンド端へのfine tuning [5]を要請しなくてもT/Bスケーリングの振る舞いが現れることが示されます[4]。最近メスバウアー分光測定により、非常にゆっくりとしたYb価数ゆらぎの時間スケール(2 ns)が観測されており[6]、非常に小さなエネルギースケールT0について今後さらなる研究の発展が期待されます。

 

[1] S. Nakatsuji et al.: Nature Phys. 4 (2008) 603.

[2] Y. Matsumoto et al.: Science 331 (2011) 316.

[3] S. Watanabe and K. Miyake: Phys. Rev. Lett. 105 (2010) 186403.

[4] S. Watanabe and K. Miyake: J. Phys. Soc. Jpn. 83 (2014) 103708.

[5] A. Ramires et al.: Phys. Rev. Lett. 109 (2012) 176404.

[6] H. Kobayashi et al.: SCES2014 We-IS17-5.

 


重い電子系準結晶の圧力に対してrobustな量子臨界性

重い電子系準結晶Yb15Al34Au51において、低温で一様磁化率とNMR核磁気緩和率が発散的振る舞いχ〜 T  -0.51(T1T )-1を示し、電気抵抗率は温度に比例し(ρ〜 T )、電子比熱係数はC/T -log Tのように低温で増大し、 従来型のスピンゆらぎの量子臨界現象とは異なる新しいタイプの臨界性を示すことが発見されました[1]。これらの各物理量の振る舞いは、Yb系周期結晶のYbRh2Si2やβ-YbAlB4で観測された非従来型の量子臨界現象と共通であり、Ybの臨界価数ゆらぎの理論により、よく説明されることが指摘されています[2]。このことは、Ybの臨界価数ゆらぎが強い局所性をもつために、結晶格子が周期性をもつか、準周期性をもつかにはよらない可能性を示唆しており、Ybの価数ゆらぎを起源として新しい普遍性クラスが形成されている可能性が高いと考えられます[3]

 

Yb15Al34Au51は零磁場・常圧下で量子臨界現象を発現していますが、本研究ではその理由を洞察することを目的として、準結晶と近似結晶の基本格子構造を構成する、同心円状のシェル構造をもつクラスターについて、電子状態を記述するミニマルモデルを構築し、基底状態の相図を求めました[3]。その結果、Ybの価数転移の量子臨界点が相図上で斑点状に出現し、量子臨界領域が互いに重なり合って広大な量子臨界領域が出現することを見出しました。これにより、この物質で観測された圧力に対してrobustな量子臨界性が、臨界価数ゆらぎの観点から自然に説明されることがわかりました[3]。このことがチューニングなしに量子臨界物質が実現している事実を理解する鍵を握ると考えられます。また、近似結晶においても温度-圧力相図中で量子臨界領域が存在し、その臨界領域は準結晶に比べて狭いことが理論的に予言されていましたが[3,4]、最近の実験により、それが確認されました[5]

[1] K. Deguchi et al.: Nature Mat. 11 (2012) 1013.
[2] S. Watanabe and K. Miyake: Phys. Rev. Lett. 105 (2010) 186403.
[3] S. Watanabe and K. Miyake: J. Phys. Soc. Jpn. 82 (2013) 083704.
[4] S. Watanabe and K. Miyake: J. Phys. Conf. Ser. 592 (2015) 012087.
[5] S. Matsukawa et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 85 (2016) 063706.


局所相関の強い遍歴電子系における新しい量子臨界現象

遍歴電子系における磁気相転移温度が絶対零度に抑制された際に実現する、磁気量子臨界点近傍では、電気抵抗率や電子比熱係数などの物理量が通常の金属とは異なる振る舞いを示します。この現象は磁気量子臨界現象とよばれており、スピンゆらぎの理論[1]によってよく説明されると考えられてきました。ところが、2000年に重い電子系YbRh2Si2の常磁性金属相において非従来型の量子臨界現象が観測され[2]、さらに、2008年に別の重い電子系b-YbAlB4の常磁性金属相でも共通の量子臨界現象が観測されたことから[3]、強相関電子系における大きな問題となっています。

 

そこで本研究では、Ybの価数ゆらぎ、すなわちYbf電子と伝導電子の間の電荷移動ゆらぎがその起源ではないかと考え、Ybの1次の価数転移の臨界点が絶対零度まで抑制された際に実現する量子臨界点近傍における、価数ゆらぎの量子臨界現象の理論の構築に取り組みました。従来型の量子臨界現象を越えた効果として、Ybf電子間のクーロン斥力の効果を取り入れて、重い準粒子を形成した状態から出発して、f電子と伝導電子間の斥力の効果によって引き起こされる臨界価数ゆらぎのモード結合理論の枠組みを作りました[4]

 

その結果、波数ゼロ近傍でほとんど分散をもたない局所的な(localな)臨界価数ゆらぎのモードが出現することを見出しました。これにより、非常に小さな臨界価数ゆらぎの特徴的温度T0が出現し、たとえ系の有効フェルミ温度(すなわち、近藤温度)より十分低温であっても、T0でスケールされた温度でみればあたかも「高温」領域に位置していることになり、低温にむけて磁化率および核磁気緩和率の発散的増大がχ〜(T1T )-1T  -α0.5<α<0.7)のように生じ、電気抵抗率が温度に比例し(ρ〜T )、電子比熱係数がC/T-logTのように増大することを示しました。価数転移の量子臨界点では、価数ゆらぎ、すなわち電荷移動のゆらぎが発散すると同時に、磁化率も発散します。そのため、一様なスピンゆらぎ(すなわち強磁性ゆらぎ)も発散するので、ウィルソン比の著しい増大が生じます。これにより、YbRh2Si2b-YbAlB4で観測された非従来型の量子臨界現象が自然に説明されることがわかりました[5]

[1] T. Moriya: Spin Fluctuations in Itinerant Electron Magnetism (Springer, Berlin, 1985).
[2] O. Trovarelli et al.: Phys. Rev. Lett. 85 (2000) 626.
[3] S.
Nakatsuji et al.: Nature Phys. 4 (2008) 603. 
[4] S. Watanabe and K. Miyake: Phys. Rev. Lett. 105 (2010) 186403.
[5]
「価数ゆらぎと量子臨界」 渡辺真仁, 三宅和正、固体物理, Vol. 47 No.11 (2012) 511.

最近、NMR測定により YbRh2Si2の低温・磁場下で2成分の重い電子状態が共存していることが観測されました[6]。これはYbの高価数状態と低価数状態が相分離していることを示唆しており、1次の価数転移近傍で期待される現象であり、この物質が価数転移の量子臨界点近傍に位置していることを示していると考えられます。

[6] S. Kambe et al.: Nature Phys. 10 (2014) 840; 神戸振作 他:  日本物理学会誌 71 No.1 (2016) 22.

 


遍歴電子系におけるメタ磁性の新しい機構

1次の価数転移の量子臨界終点(すなわち、価数量子臨界点)が磁場によってどのように制御されるのか、その機構を明らかにしました[1,2]。理論解析の結果、価数転移を示す物質に磁場をかけることにより価数転移の臨界点が低温に抑制でき、量子臨界点を実現できることがわかりました。さらに、基底状態相図中で価数転移の量子臨界点が近藤領域から価数揺動領域にかけて磁場の増加につれて非単調な軌跡を描くことを見出しました。これにより、零磁場では価数転移を示さないCeYb化合物であっても、磁場を印加することにより、価数転移の量子臨界点が誘起されることを見出しました。注目すべき結果は、磁場によって誘起された量子臨界点で磁気帯磁率が発散するメタ磁性が生じることを見出した点です。これは遍歴電子系における新しいメタ磁性の機構です。この結果は、価数のゆらぎ、すなわち電荷移動のゆらぎが発散する価数転移の量子臨界点で一様なスピンのゆらぎも同時に発散することを意味しており、新しい概念の構築につながる重要な成果です。この磁場誘起の価数転移の量子臨界点は、ゼーマン効果と近藤効果の協力現象によって生じており、メタ磁性を起こす磁場の大きさは、相図中の価数転移の量子臨界点とその物質の近さによって決まっており、重い電子系の特徴的エネルギースケールの近藤温度とは別のエネルギースケールが存在することを明らかにしました。

また、ここで見出したメタ磁性の新しい機構が、1次の価数転移を示す典型物質YbInCu4の姉妹物質のYbAgCu4で実現している可能性が高いことを指摘しました。

 
[1] S. Watanabe and K. Miyake: Phys. Rev. Lett. 100 (2008) 236401.

[2] S. Watanabe, A. Tsuruta, K. Miyake and J. Flouquet: J. Phys. Soc. Jpn. 78 (2009) 104706. 

実際、磁場下でのX線吸収分光測定により、YbAgCu4のメタ磁性を起こす磁場B 40 T付近で、Ybの価数の急激な増大が観測され[3]、上で述べた理論的予言の証拠が得られました。

[3] Y. H. Matsuda et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 81 (2012) 015002.  

 


2次元量子スピン液体

乱れのない系での絶縁体状態には、バンド絶縁体とモット絶縁体が存在することはよく知られています。 これまで知られていたモット絶縁体の大部分は、基底状態で反強磁性秩序などの何らかの並進対称牲を破った状態と して実現しており、空間次元が2次元以上の系で、対称牲の破れを伴わない純粋なモット絶縁体が存在するか否かは、 1973年の P. W. Anderson の問題提起以来、凝縮系物理学における未解決の基本的な問題でした。 この問題を解明するには、2次元のハバード模型を正確に解けばよいのですが、強い電子間相互作用と磁気的 フラストレーションのために、有効な理論的手法が存在せず、その性質は長い間よくわかっていませんでした。


そこで、強い電子間相互作用と磁気的フラストレーションをもつ系にも有効な、新しい数値計算方法「経路積分繰り込み 群法」[1]を用いてハバード模型のハーフフィリングでの基底状態の性質を調べました。その結果、次近接ホッピング t '/tと電子間相互作用U/tの2次元平面上で、常磁性金属相と反強磁性絶縁体相の間に非磁性絶縁体相が存在することが、 正方格子系[2]と三角格子系[3]で見出されました。 最も重要な問題は、この相が並進対称牲を破るか否か、ですが、この問題を明らかにするため、種々の相関関数を 計算してバルク極限に外挿した結果、 非磁性絶縁体相において、dimer 秩序や plaquette singlet 秩序、 staggerd flux 秩序、電荷秩序 は実現していないということを、最初正方格子系[4]で、その後三角格子系[3]で見出しました。 これらの結果は、並進対称牲の破れを伴わず、且つ、バンド絶縁体と断熱的につながらない 純粋なモット絶縁体が実現していることを示唆しています。この理論的予測の直後に、量子スピン液体的振舞いを示す 物質が有機化合物、及び2次元ヘリウム3の系で相次いで報告され、現在もその性質を解明するために、理論・実験の 両面から盛んな研究が続いています。


[1]
「経路積分繰り込み群法」 渡辺真仁、水崎高浩、今田正俊 : 固体物理 39 (2004) 565.
[2] T. Kashima and M. Imada: J. Phys. Soc. Jpn. 70 (2001) 3052.
[3] H. Morita, S. Watanabe and M. Imada: J. Phys. Soc. Jpn. 71 (2002) 2109.
[4] S. Watanabe: J. Phys. Soc. Jpn. 72 (2003) 2042.


ヘリウム3の4/7固体相における密度ゆらぎの重要性

グラファイトに吸着された層状ヘリウム3の系は理想的な2次元フェルミオン系として格好の研究舞台を 提供しています。その第2層で形成される4/7固体相ではヘリウム3が三角格子を形成し、強い磁気的フラストレーションにより 極低温まで磁気秩序を形成せず、ギャップレスの量子スピン液体を形成することが見出され、注目を集めています。 理論的には、これまで多体交換相互作用をもつハイゼンベルグ模型による解析が行われていましたが、有限のスピンギャップを 予言してしまうことや、10テスラの磁場をかけても飽和しない磁化過程の説明が困難なことから、スピン液体の成立の起源を 含めて、その性質をいかに理解するかが問題となっていました。


そこで、4/7固体相を記述する模型を構築し、その性質について調べました。ここで注目したポイントは、第2層と第3層の 間の密度ゆらぎが重要ではないか、という点です。実際、計算の結果、4/7固体相は液体・固体相境界近傍に位置しており、強い密度ゆらぎの影響を受けていることが明らかとなりました[1]。その結果、実験で観測されている飽和磁場の異常な増大が自然に説明できることを見出しました。 これは、固液相境界近傍に位置している固体相で生じる普遍的な現象であり、金属絶縁体転移近傍の絶縁体相においても同様の 現象が生じると考えられます。 また、この増大した密度ゆらぎは量子スピン液体の成立にも重要な寄与をしており、フラストレートしたハバード模型のモット転移近傍で実現するギャップレスの量子スピン液体(非磁性絶縁体)[2,3]と本質的に同じ起源をもつと考えられます[1]。 これにより、ハードコア斥力をもつヘリウム3においても、層間の密度ゆらぎを考慮することにより、ハバード模型で実現する 有限の2重占有度をもつ非磁性絶縁体と本質的に同じとみなせること、及び、これまでのハイゼンベルグ模型での謎を解決する機構を提案しました。


[1] S. Watanabe and M. Imada: J. Phys. Soc. Jpn. 76 (2007) 113603.
[2] H. Morita, S. Watanabe and M. Imada: J. Phys. Soc. Jpn. 71 (2002) 2109.
[3] S. Watanabe: J. Phys. Soc. Jpn. 72 (2003) 2042.


大正準分布経路積分繰り込み群法の開発とモット転移の統一的理解

強く相互作用するフェルミオン系を制御するパラメータとして、バンド幅、フィリング、格子構造があげられますが、これらを統一的に 取り扱うことができる有効な理論的手法がこれまで存在せず、強相関電子系の重要な問題の理解を妨げていました。近年、量子 モンテカルロ法の負符号問題を克服する新しい数値計算アルゴリズムとして提案された「経路積分繰り込み群法」は、フィリングを入力 パラメータとして与える正準分布の枠組ですが、これを大正準分布の枠組にすることで、化学ポテンシャルを入力パラメータにすることができ、3つの制御パラメータを同一の枠組で取り扱うことができるようになりました[1]。 この方法は格子の形状や空間次元の制約なしに、化学ポテンシャルに応じて最適な粒子数の基底状態を求めることができ、基底状態や励起状態の最良の波動関数をバイアスなしに数値的に生成するのが特徴です[2,3]


この方法を次近接ホッピングをもつ正方格子のハバード模型に適用し、 既存の方法では求めることが不可能であった、化学ポテンシャルとクーロン相互作用のパラメータ空間で基底状態の相図を 決定しました[1]。その結果、V 字型のモット絶縁体相が出現することを見出しました。V 字型の相境界の頂点では、1次の バンド幅制御モット転移が生じるのに対し、V 字型のへりの部分で実現するフィリング制御のモット転移では、臨界ゆらぎを 伴った連続転移が生じます。 この両者の対照的な振舞いは、相図の金属絶縁体転移の境界線の傾きと熱力学量との間に成り立つ一般的な関係式を用いて理解できることを示しました。 これにより、これまで、バンド幅制御のモット転移では1次転移、フィリング制御のモット転移では連続転移が生じることがそれぞれ独立に理解されていたのですが、両者がどのようにつながるのか、モット転移の全体像が明らかとなりました。


[1] S. Watanabe and M. Imada : J. Phys. Soc. Jpn. 73 (2004) 1251.

[2]
「経路積分繰り込み群法のアルゴリズムとその応用」 渡辺真仁, 数理解析研究所講究録, Vol. 1441 (2005) 28.
[3]
「量子モンテカルロ法における負符号問題とその克服 : 経路積分繰り込み群法の開発とその発展」 渡辺真仁, 素粒子論研究, Vol. 116 (6) (2009) F87.


価数転移の量子臨界点近傍に出現する超伝導とその新奇な性質

価数転移とは、温度や圧力などを変化させたときに、元素イオンの価数が変化する相転移現象であり、希土類化合物や 遷移金属化合物、有機化合物などで広く観測されています。 Ce 金属で γ-α 転移として知られる価数転移では、結晶の対称牲を保ちながら Ce の価数が不連続に跳ぶ 一次転移を示します。価数転移の臨界点では価数の跳びは消失し、価数のゆらぎが発散します。 これは液体・気体相転移の場合の発散する密度ゆらぎに対応しますが、今の場合興味深いのは、このような古典的なゆらぎと 量子力学的効果が絡みあった場合です。具体的には、価数転移の臨界温度が低下してフェルミ縮退領域に入ってきた ときに、発散する価数ゆらぎとフェルミ面不安定牲が相乗効果を起こし、さらなる不安定牲を誘発する可能性があります。 最近、CeCu2Ge2 CeCu2Si2 などの Ce 化合物で、スピンゆらぎではない超伝導機構の存在が実験によって示唆されて おり、その背後にある機構として価数不安定牲が注目を集め始めています[1]。 理論的には、価数ゆらぎの超伝導機構が先駆的に提案されましたが[1,2]、価数転移の量子臨界点とその不安定牲という 観点からの性質の解明が待たれていました。


そこで、Ce 及び Ce 化合物を記述する拡張周期 Anderson 模型の性質を、数値計算と解析的手法を用いて調べました[3]。 その結果、強い量子ゆらぎにより価数ゆらぎ(すなわち相対的な電荷ゆらぎ)は発散的に増大するにもかかわらず、 全電荷のゆらぎは増大せず、相分離は実現しないことを見出しました。 その結果、価数クロスオーバーの領域が基底状態相図中で広く安定化し、量子臨界点近傍の 高 f 電子濃度領域で超伝導相関が増大することを見出しました。 その起源は f 電子のコヒーレンスが増大することによるものであり、強結合領域で相分離と全電荷圧縮率の増大を 示す既存の模型とは異なる、新しいタイプの機構であることがわかりました。 これらは非自明な結果であり、価数転移の秩序変数が系の保存量でないことに起因しています。 これにより、Ce 化合物でなぜシャープな価数クロスオーバーが生じる圧力よりも低圧側で超伝導転移温度が最大値をとるのか 説明を与えるとともに、超伝導機構そのものに新しい機構が内在していることを示しました。


[1] K. Miyake, O. Narikiyo and Y. Onishi: Physica B 259-261 (1999) 676.
[2] Y. Onishi and K. Miyake: J. Phys. Soc. Jpn. 69 (2000) 3955. 
[3] S. Watanabe, M. Imada and K. Miyake: J. Phys. Soc. Jpn. 75 (2006) 043710.


強磁性超伝導体UGe2の異常物性とその統一的説明

圧力下の強磁性相の中で超伝導が発見されたUGe2は、同じ 5f 電子が強磁性と超伝導に共に寄与する最初の物質として 注目を集めています。この物質では、圧力下での上部臨界磁場 H c2 (T ) が交差することや、抵抗がカスプを示す温度 Tx 以下 の温度領域における一様磁化の増大、それに非常に大きな格子比熱の存在などの異常な物性が観測されており、 超伝導の発現機構も含めてこれらの現象をいかに理解するか、が問題となっていました。


そこで、温度-圧力相図中で T = Tx majority spin のフェルミ面の不完全ネスティングにより CDW ゆらぎと同時に SDW ゆらぎも増大し、そのゆらぎが超伝導の driving force になっているという描像を仮定すると、これらの異常な振舞いが自然に 説明できることを示しました[1]。 具体的には、majority spin バンド内で不完全ネスティングが起こると、ネスティングベクトルよりも電子のフェルミ面が内側に位置している場合には、 partial ギャップの形成に伴い、電子が minority spin バンドから流入するので、 一様磁化が増大することを指摘しました。実際、バンド計算によりそのような不完全ネスティングが可能なことが支持されています。 さらに CDW-SDW のモード結合のゆらぎによってトリプレットペア間に引力が誘起され、 圧力下で H c2 (T ) が交差することを強結合超伝導の枠組に基づいて示しました。 つまり、磁場下で majority spin バンドがネスティングの条件を保とうとすることにより Tx (H ) が増大し、その結果高圧側で H c2 (T ) が異常に増大し、実験で観測されている交差が出現することを示しました。 また、温度を下げるにつれて CDW と結合したフォノンがソフト化することにより、格子比熱の増大も自然に理解できることを示しました。

[1] S. Watanabe and K. Miyake: J. Phys. Soc. Jpn. 71 (2002) 2489.


Last updated: Nov. 3 2022
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