「何が地球を狂わすか ー 異常気象とエネルギー

森 茂康(九大教授・物理学(1980年当時))

 

このところ毎年、世界各地で暖冬異変、干ばつ、豪雪といった異常気象が報じられる。

そして身近な今年の異常気象、豪雨である。地球の気候変動の兆しではないか、と不安に思う人が多いのも当然であろう。

 

しかし、これらが通常の気候変動の幅の中に収まるのか、それとも大きな気候変動の前駆現象なのか、今後の気象学者の研究に待たねばならない。

 

もともと地球の気候は数百万年という、長い周期の大きな変動の上に、およそ十万年ほどの周期の変化がのっており、さらにそれに数千年のサイクルで小さな寒暖の繰り返しが重なっていると言われる。現在は過去,一千年にわたって温暖期にあると考えられていて、今後、寒冷化に向かうかどうか専門家の間でも議論の分かれるところであるらしい。しかし、ともかくこの数百年、大きな気候変動の可能性は低いと見られている。

 

ところが近年、気候変動の自然の要因のほかに、人為的な要因が気象学者の関心を引いている。1972年に国連主催の人間環境会議は、世界気象機関(WMO)に、国際学術連合と協力して、気候変動と、それに及ぼす人間活動の影響について研究するように勧告した。また1977年、米国科学アカデミーはエネルギーと気候について報告し、活発な議論を引き起こした。人間活動、つまりエネルギー消費がどのように気候に影響するのだろうか?

 

われわれは化石燃料、水力、原子力等をエネルギー源として社会活動、生産活動を行っている。ところが、活動の最終段階では、生産物を除いてすべて熱となって環境へ捨てられる。毒ガス等の公害はよく知られているが、この廃熱は人類最後の公害と言われ、これを除くとことは原理的に不可能である。この熱が気候に影響する主要因であり、その作用を助長するものとして、炭酸ガスが、また逆の作用をもつ大気中の塵埃(じんあい)の微粒子ーエーロゾルがある。

 

さて、地球上の気象現象、すなわち偏西風のような大気の流れ,風、降雨、波浪、潮流等、これらはすべて太陽エネルギー形を変えたものである。

地球に届くエネルギーは膨大なものだが、この気象に関するエネルギーは、その1%程度(数千テラ・ワット(1テラ・ワットは1兆ワット)である。このほかに火山噴火や極地方の雪氷の被覆変動等の気候への関連を、エネルギーに換算すると数百テラ・ワットになる。もちろん地球がもらったエネルギーは、また宇宙へと放出されるので、この収支が平衡を保って、地上では温和な気候が維持されているのである。

 

 

ところが、この自然の気象現象を人間が擾乱(じょうらん)する恐れが出始めたのである。科学技術の進展に伴う人間活動の急激な拡大は、すさまじいエネルギー消費の増大をもたらした。1960年代、十年間のエネルギー消費は、人類始まって以来の全消費量に匹敵し、1970年代の十年は、さらにその二倍に達する。これに相当する廃熱が地上に吐き出されるのである。

 

すでに大都市では気温の上昇となってその影響が見られるが、地球規模ではその消費量は数十テラ・ワットと、まだ自然の気象関連エネルギーの百分の一に達していない。しかし、もし今後もエネルギーの消費の増大が続くと、数十年で匹敵する量になる。気象に関してのみ言えば、まさに「二つの太陽」が出現することになる。

 

一方で大気中の炭酸ガスは不気味な上昇カーブを描いている。微細塵等の冷却効果を差し引いても、このようなエネルギー消費構造と拡大を続けていけば,二十一世紀には、かって人類の経験しなかった異常気象が招来すると推定されている。

 

この熱汚染の原因は、化石燃料や原子力をエネルギー源とするところにある。「エネルギー危機」とは資源が枯渇するのではなく、あっても燃やせないということになった。

 

この危機を回避する道は太陽エネルギーの利用にある。水力、風力、波力等々、もちろんこの場合も最終的には熱が生じる。しかし、これは人が利用しても、しなくても生じるはずの熱であって、新たに気象に関するエネルギーに付け加わるものではない。太陽エネルギーは、廃ガス等がないというほかに、熱汚染がないという重要な意味で、クリーン・エネルギーである。しかも枯渇することもない。

 

いま各国は、石油に代わるエネルギーを、石炭、原子力に求め、経済成長に見合うエネルギー消費の拡大を当然のこととしている。愚かにも殺人のための核兵器や、艦船に、残り少ない石油を大量に浪費してやむところをしらない。

 

かって、巨大な恐竜は、その巨大さ故に気候変動で死滅したという。人類は自らの英知がもたらした、巨大な人間活動のエネルギーの故に、この穏やかな気候を破壊して、滅び去るのであろうか。

(西日本新聞、昭和55年(1980年)99日より)

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以下、引用者(岡本良治(九州工大・工学研究院)の注(2009.1.27)

1)文中で使用されている「エネルギー」は、その単位時間当たりの変化(生産または消費)の意味では、仕事率(power、パワー)またはエネルギー生産(消費)速度と解釈されるべきである。そして、仕事率の単位は、1秒間に1ジュールのエネルギー変化の場合、1ワット(W)である。

2)テラ・ワット(TW, tera watt=1012 W=1012乗ワット。